よくいる56歳の日記

そこらへんによくいる56歳の日記

一位通過‥

おめでとう!

負けてもいいから点をとってくれ、と思っていたが、点をとったので勝ちました‥。

後半2点とったのもすごいが、前半を1点に抑えたのも偉かった。

f:id:remetameta:20221202060635j:image

↑ 先制点を取られたシーン

長友は、俺は試合後ブラボーといってるはず、といってたが、好きなだけ言えますな。

サポーターの涙が泣ける。

日本チームは前半と後半が違うチームのようなのだが、前半だって頑張った。スペインも前半と後半が別チームのようだったが後半は悔いが残る感じで、長所と弱点は裏表一体ということがよくわかった。

 

九段下には靖国神社

九段下で働いてそろそろ一年、旧統一教会のせいで、政教分離だ一致だなんだいってるが、一番政教一致なのは、靖国神社だよな‥とみてて思う。神社庁の管轄下でもなく明治時代に日清日露の戦死者を祀るために国が建てた慰霊施設なので神社のかたちはやめるべきじゃないのかな?なんでいつまでもあの威容を保つのか?

殺気だった武士の像(大村益次郎)も趣味悪い。彰義隊をにらみつけてる姿だそうで、同じ国民同士で争った辛い過去なのに、こんな像をいつまでも大事にして、慈悲もなんもないのか、この国には…。勝ったものに従えとそればかり。

靖国容認してるメンタル。武士は切捨てごめんだったのだから、増税程度でわめくなよ、と武士=差別階級と自分達を思ってそうな自民党の連中に言われるのがオチ。しかも、戦死したらあなたも武士、武士になりたいなら国のために戦死しよう、と80年前マジでいってた、今のプーチンロシアを笑えない国だった、その大きな痕跡を未だ隠さず。意味がわからない。

こうした枠組みの中で、少しでも平和的に何かをやっていこうという人々がいるのもわかるが、もし、今ウクライナのように他国から攻められて、「日本にはまだ軍国主義的で我が国を見下し、支配しようとしている勢力がいるので攻めている、その証拠は靖国神社だ」、といわれたら西洋諸国は日本に加勢できないだろうね。戦後の日本は外圧と経済成長以外の部分は、変革のスピードがとにかく異常に遅いと思う。

 

12月になりました

サッカー日本代表が、国民のため、子供に夢、言い出してしまった‥。要するに勝つなんて夢、ノープラン宣言。辛い‥。

 

昨日、動物写真家、小原玲さんの一周忌記念?写真展行ってきました。

f:id:remetameta:20221201084202j:image

か、可愛過ぎ。

小原さんがもともと被写体としていたアザラシの赤ちゃんは、温暖化により氷が足りなく溺死しているのではないか?ということです。涙

温暖化仕方ない?止められない?

オゾンホールは世界的なフロン廃止の動きで小さくなってきているそう。やればできるという一つの例。

空気中のメタンや二酸化炭素の量を減らす、それだけだが、故に難しい。だけど、やらねばならない。

 

小原さんは肺がんで亡くなったが、妻で作家の堀田あけみさんのサポートがあったので亡くなる日までエゾモモンガの撮影をしていた。嘉門達夫さんが妻を脳腫瘍で亡くした際は、二人で歌を作り、病院にあいたい人を160人招いたそう。脳卒中系や心不全系や事故死に比べたら亡くなるまで時間があること、が、がんのひとつだけいいところ、というが、治るか、治らないまでも楽にもっと延命できるようになってほしい。

がんが憎い、がんが憎いです。

ポール・アレンのアートコレクション

2018年に64歳で亡くなった、マイクロソフトビル・ゲイツの共同創業者 ポール・アレンのアートコレクションがオークションにかけられて総額2400億円、慈善事業に寄付されるというニュースをちょい前にみた。ちらっと映っただけだが、スーラ、セザンヌは画家らしさのある良い作品だった。

 

ハーバード大学で真面目に勉強しようとしていたビル・ゲイツをせかして、会社を作らせ、大手企業のプログラムの不具合を指摘することでお金をもらうのではなく、コンピュータを使わせてもらう権利をもらって、仕事につなげていった。

アレンさんは、若いときからリンパ腫を患い、闘病を繰り返していたようで、64歳でもサバイブできたほうなのかもしれない。が、こんなに才気があってお金も手にして、やりたいことがたくさんある人がもっと長生きできてもいいのに… と思う。才能やお金を与えて、それにみあった健康を与えないとは、運命も意地悪である。

今、自分なんかが仕事してお金もらえているのは、Windows というOSができて、プログラミングをそんなに難しく考えなくてもできる言語ができているからで、マイクロソフトという会社があったればこそだなーと思う。アレンさんのおかげである。

 

 

疏水船を降りたら南禅寺に

南禅寺、紅葉の名所。

f:id:remetameta:20221126130751j:image
f:id:remetameta:20221126130754j:image

山自体が素晴らしい紅葉する樹林で疏水船降りてから南禅寺に入るまでも紅葉はみれる。元々は天皇離宮だったのでこの場所なのか。

1枚目は山、2枚目は南禅寺境内

f:id:remetameta:20221126131017j:image
f:id:remetameta:20221126131020j:image

つわぶきやなんてんが、オシャレに配置されている。あざとキレい。

移築されてきた茶室や御所建築物、日本の美のテーマパークみたいな。

あざとい、あざといよ、南禅寺

 

琵琶湖疏水船に乗ってきた

f:id:remetameta:20221126113408j:image

運航は春と秋のみなので、行ってきた。

f:id:remetameta:20221126113702j:image

南禅寺水路閣山村美紗 赤い霊柩車シリーズでおなじみのこの上には疏水からの水が流れている。

疏水で船による物質の運搬は昭和26年には途絶え、60年ぶりに平成30年、観光船が就航。

出発点、大津には、江〜姫たちの戦国で、水川あさみが演じた好きな人に嫁ぎたかった初さんと京極高次が住んでた大津城があったが、関ヶ原の際、京極は西方だったが寝返って東についたので、西の軍勢が押しかけ奮戦するも開城。東勝利後、開城はしたが落城しなかった縁起の良い城として大津城の天守彦根城に移築され、敵を引きつけ主戦場の助けになった功績で京極さんは初代若狭小浜藩主に。

水船乗り場近くに三尾神社という伊弉諾の尊を祭神とした神社があり、入り口に、

車馬を乗り入れぬこと

魚鳥を取らぬこと

竹林を切らぬこと

と書いた看板があった。馬とは‥いつ書いたんだろうね?柵の石柱の奉納は明治の日付でした。中に入らなかったが、ここは兎の紋を使う珍しい神社なのだそう。

f:id:remetameta:20221126125800j:image
f:id:remetameta:20221126125803j:image

ガイドさんがついてあれこれ解説してもらえます。春の桜にまた行きたいかも。2400メートルのトンネルをくぐり、短いトンネルを何本かくぐり、天智天皇陵のすぐそばを流れ、蹴上で降ります。

天智天皇は大津に都をおいていろんなことをやっていたのだが、病気になり行方不明になって靴だけが発見された場所を墓所とした、とガイドさんがいってた。普通に大津宮で病没したという説もある。中臣鎌足が、まだ中大兄皇子だったころの天智天皇が蹴鞠をしていて靴を飛ばしたのを拾ってあげて、二人は知り合い、乙巳の変につながっていったという話が日本書紀に書いてある。靴というのはシンデレラとかいろんな昔話にも出てきて意味深である。