よくいる56歳の日記

そこらへんによくいる56歳の日記

中二どころではない 小二 

藤井風 の CD聴いてて、キリがないから という曲が気になる。

はたちは遠い過去(いや去年)だけど中二をひきずってる 

みたいな歌詞なのだが、藤井風さんは24歳ですよね…。

 

55歳のおははんは子供のころの記憶がやたらはっきりしているほうで、家にもおばあさんがいたし、近所にもやたらおばあさんがたくさん住んでいて、彼女たちの記憶が鮮明である。

おばあさんやおじいさんにされた意地悪も鮮明に覚えていて、いまだに腹立つ。

 

そして、55歳になった今も、今、目の前を歩いているおばあさんたちを当時のおばあさんたちと同じような眼でみてしまっている。中二どころではない、小二を引きずって生きているような気がする。

 

具体的に何を思うかといったら、何もない。でも、80歳のおばあさんは近い将来の自分の姿なのに、小二の時と同じように、現役のオトナ社会からははじかれてる同じもの同士という眼で見てる気がする。自分がまだ小二のノリでオトナ社会からはじかれている。

と気づいてしまった...。おいおい、55歳なのに~!

 

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うちのおばあさんは自分が20歳のときに亡くなった。かるくあてられた交通事故で、歩けなくなっていたが、亡くなる一週間前に

お祖母ちゃんもうすぐ歩けるようになる。靴どこにある?

といったので、ふーん、そうなん、と思っていたが、一週間後の朝、亡くなっていた。

それを言われたのは自分だけである。ほかの家族は聞いてない。

大人用の紙おむつは当時、横浜のダイエー(今建て替え中でイオンになる予定)くらいでしか売ってなかったので、自分が買いにいってた。また行かなきゃーと思っていたら、1枚だけ使い残して亡くなった。

がんがみつかってたので、放射線治療にがんセンターに連れて行ってたのも自分だった。今で言うところのヤングケアラーのはしくれだが、食事の支度なんかはしてなかったから、さほど頑張ったわけでもない。

普段なんも言わない人で、酒乱の父親が暴れていても、何も言ってくれないとか、母親が愚痴ったりした。ある日、突然、お祖母ちゃんそば食べたい、一緒にいって、というので二人で商店街の近くの店にそばを食べに行った。生まれが東京だったからね。

 

東京の蕎麦屋に連れてってあげたりしたかったね。できたわけもないけど。